2012年8月22日水曜日

はじめに


 出発前、知人達に福島へ行くと言ったら「なんで?」と良く聞かれた。お世話になっている不動産屋の人達にも、自転車屋の人にも、同級生にも、居酒屋の大将にも。
 私はその度に「真実を見たいから」と、ネット掲示板なら「中二病」と揶揄されそうな回答をしてきた。
 しかし「真実」なんてものは見ることは出来ない。福島の真実を見たいなら、福島の端から端まで見て歩かなければならない。福島だけ見たのでは比較対象がないから、日本全国の様子も見なければならない。地元の人の話を伺うのだって、地元の人十数人にインタビューをした程度では真実にはならない。場所によって事情が異なれば、心情もまた異なるだろうからだ。
 さらに四次元的なことも考慮しなければならない。
 昨日までは危険な区域だったが、今日からは大丈夫なんてことが実際にあるからだ。
 それでも私は実際に自分の足で福島へ行って、現状をこの目で見たかった。


 あれはまだ私がサラリーマンだった頃の話。
 その日は午後からの出社で、結構時間に余裕を持って移動していた。博多駅周辺の横断歩道で信号待ちをしていると、後ろから声をかけられた。
「こちらに署名をお願いします」
 見ると随分お年を召した男性だ。たすきには「脱原発」の文字。博多駅の中にまで聞こえそうな拡声器の声。
 東京での脱原発デモがネットやテレビで話題になってから福岡でも脱原発デモが目立つようになっていた。
 団体の目的は、日本から原発を無くすことらしく、原発ゼロを目指して署名を集めているようだった。
 私は首を横に振ってお断りをした。
 署名活動とかそういうのはあまり好きではない。
 そういう活動が時に偉大で、力を発揮し、国家を動かすことは知っている。総理大臣が「署名が一万集まれば全国の原発をなくして、今すぐ太陽光発電に切り替えます」とでも約束しているならやる意味はあるだろう。だが、無意味な署名を集めて国に訴えてどうしようというのか。
 信号が青になったので渡ろうとすると、私に声をかけてきた男性は舌打ちをした。
「最近の若いやつは!福島の人達が可哀想ではないのか」と吐き捨てたのである。
 私は内心腹が立ったが、言い返してトラブルを起こすわけにもいかず、そのまま会社に向かった。
 この出来事がきっかけで、私の中にある疑問が浮かんだ。
「果たして福岡の何人の人間が福島の実情を知っているのだろうか?」
 職場の先輩は福島に親戚がいる。
 ある時先輩は親戚に荷物を送ろうと、郵便局に行って「これを送ってください」と箱を差し出した。
 すると郵便局員は「これは送れませんね」と断ってきたそうだ。不思議に思った先輩は住所を何度も見せ、箱の中身も説明し、最後には地図まで見せてやっと局員に理解してもらった。
 局員は福島全体が警戒禁止区域になっているという先入観があったらしく、そんな場所に荷物を送れるはずがないと思っていた。
 また、別の人に話を聞くと、福島なんて安全安全と楽観的に呟き。原発周辺のみが放射性物質が多いだけと考えている人もいた。
 その後も色んな人に話を聞いたが、各々の考えはバラバラ。
 福島の食材は絶対に食べなくないという人もいれば、興味がない人もいる。福島の町中には自衛隊がいて一般人は立ち入れないという意見もあれば、もっと酷くゲームのサイレントヒルのような場所になっていると考えている人もいた。
「これではいけない」と私は思った。
 誰も福島の現状を知っている人はいないし、知ろうとする人も少なかった。
 ネットで福島の各町の放射線量を調べることができるが、多くの人はそれが何を意味するのかわからない。
 福岡では瓦礫受け入れが話題になっている。瓦礫を受け入れたら、ガンになり、子どもが生めなくなると思っている人が本気でいる。
 被災地のことも知らないのに、原発がどうとか瓦礫がどうとか議論していて収束するのだろうか。
 そう思った私は福島に行くことを決意した。


 佐々木俊尚さんは、とあるラジオ番組で「現場に近いから偉いわけではない」と言っていた。
 私も同じ考えを持っている。
 だから、「私が見てきたことが福島の真実で、彼らの気持ちを代弁していて、福岡の皆このブログを見ろ!!」とは言わない。ブログに記すのは、あくまで私が見てきた「生」の体験であって、読者の皆さんが体験した「生」ではない。
 福島には思っていたより簡単に行けた。いわき市は人口が増え、非常に賑やかだ。宿泊施設も充実していて、フラガール甲子園もあって活気のある場所である。
 このブログを見て、読者の皆さんには自分が福島に対して抱いていた固定観念を一度壊してほしい。そして、できれば自分の足で訪れてみてはどうだろうか。
 その方が、知ったかぶりをして、ネットで「脱原発!!」とだけ叫ぶよりよっぽど献身的だと思う。

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