布団の中で、なぜか嫌な汗をかいた。
手足がものすごく冷たくなる。
私が入院する前を思い出した。パニック発作が起きる直前は、決まってこういう症状が現れるのだ。
ミシッ!
建物が軋む音がして、床が揺れた。
窓もびりびりびりという音とともに震えている。
幸い、揺れはすぐに治まった。
私はテレビをつけた。部屋の外から、女将さん達の話し声が聞こえる。
テレビはオリンピックのサッカーの試合を放送していた。その上に現れる震度を知らせるテロップ。
初めてのいわきの朝を、私は余震で目を覚ましたのだ。
朝食。
ご飯がおいしくて三杯もおかわりをした。
メニューは、白飯、みそ汁、焼きシャケ、玉子焼き、海苔、つけもの、きんぴらごぼう。
労働者の朝は早い。私が食事を始める頃には、作業服を着たおじさんらが白飯を口の中にかき込み、仕事の話をしていた。
彼らはどんな仕事をしているのだろう。
「おはようございます」
女将さんに後ろから声をかけられたので、私はお辞儀をして挨拶をした。
作業服を着たおじさんらは食事を終え、部屋に戻った。ほどなくして、チェックアウトを済ませるやりとりが聞こえてきた。
私は優雅にご飯を食べ続けている。
おそらく昨日より歩く時間は長いだろう。お昼ご飯を食べられるのかどうか怪しい。腹の中に入れておかないと、暑さでぶっ倒れるかもしれない。
女将さんは私のために冷たい水を入れてくれた。
「九州も、洪水で大変だったんでしょう?」
頭の中に八女のことが浮かんだ。驚いたことにいわき市でもニュースが流れていたようだ。
「屋根まで水が浸かったって聞いたけど」
「ええ、大変だったみたいです」
「災害は、ほんとに怖いわね」
女将さんは、知り合いから聞いたという警戒禁止区域の中の話を教えてくれた。
警戒禁止区域の中では、草木は伸び放題で、植物の身長は家の屋根まであるそうだ。
その知り合いの方は、元々はいわき市の人間ではないという。原発周辺の町に暮らしていたが、原発事故後いわき市で避難生活を強いられているそうだ。
その人が警戒禁止区域の中を車で走ると、犬の群れが近寄って来るらしい。元々はペットとして飼われていた犬が、野生化したものだ。
その姿を見て、同情してしまい、車を停めて食べ物をあげようとするが、犬は数メートル離れたところからじっと見て来るだけ。
無人の町での生活になれた犬は、人間を恐れるようになっている。食べ物が欲しくて近寄っては来るが、以前のように人間に甘えることはない。
避難生活をする上で、ペット問題は重大だ。
避難した先が、以前のように一軒家とは限らない。借り上げアパートはペット禁止のところが多い。仕事も新たに探さなくてはならず、以前とは生活スタイルががらりと変わるのである。
ペットを親戚や知り合いに預ける人もいれば、警戒禁止区域の中に仕方なく取り残して来た人もいるのが現状だ。
女将さんも知り合いの犬を預かっている。その知り合いの方は、家族を別の県に住む親戚に預け、自分はいわき市で仕事をしているようである。
犬は最初女将さんに慣れず、食事をしなかったそうだ。その結果、犬はガリガリにやせ細ってしまった。
預かっている以上女将さんにも責任がある。根気よく接した結果、やっと食事をするようになり、体重も以前と同じくらい回復した。
警戒禁止区域が解除されて、飼い主の子どもに犬を返してあげるのが夢だと、女将さんは語る。
私は残りの玉子焼きとご飯を食べ終えた。
「九州からこんなところまで来た人は初めて見たよ。すぐ旅立つの?」
「部屋で準備をしたら、出ようかと」
「自分の目で、確かめてくださいね」
私は礼をして、食堂を後にした。
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